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【パンデミックとアート:インタヴュー後記 Art in a pandemic: interview postscript]

このインタヴューは、5月3日に本個展作家である林智子さんにキュレーターの芦田彩葵が質問をなげかけ、5月10日に林さんから返答をもらった上で、ディスカッションを進めるかたちで行われました。

5月25日に緊急事態宣言が解除され、博物館・美術館をはじめとした文化施設がゆるやかに活動を再開させていますが、まだ新たな感染者も発生しており、事態が終息する状況には至っていません。

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林さんはこれまで、触覚的な手仕事と、先端的なテクノロジーという一見相反するようなメディアを組み合わせて、人と人とのつながりを基底とした身体性の回復と距離の超克をテーマに作品を制作してきました。

近年は京都に戻り、豊かな自然と古い歴史に触れ、それらとの交感によって生じる多様な関係性を手がかりに、自己の在り方に向き合うようになります。

人と人との関係性を主題にしてきた彼女が、さらに視野を広げて環境との関係性に向き合い、悠久の自然のなかで明滅する生命の律動、人間の営為や創造的行為について思考することをテーマにしたのが「林 智子 虹の再織」展です。

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林さんには、以前キュレーションをした「Stance or Distance?」(2015年、熊本市現代美術館)に参加いただきました。現在、ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)とういう言葉が浸透していますが、この展覧会は、社会の事象に対して、また周囲や自身との関係性に対して、私たちはどのような姿勢をもって臨むのかという主体的な距離の取り方について思索する内容でした。

林さんには、彼女の祖父の日記をもとに、祖父の故郷である熊本での活動の足跡を巡り、時間的・空間的距離を記憶によって辿る作品を出品作品の一つとして展示していただきました。

その後、彼女の祖父は京都に移動するのですが、この日記にインスパイアされた作品も熊本から京都へと旅をし、新たな作品として立ち現れる予定です。

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彼女が追求してきた身体性の回復と距離の超克は、まさにパンデミックが起こり、巣籠状態になった私たちに「リアルな生」とは何かを深く問いかけます。

インタヴューでも触れたように、展覧会の導入として展示予定の彼女の祖父の日記には、スペイン風邪をはじめとした病で命を落とした大切な人々のことが綴られています。

また賀茂川に佇む太古の石や、氷河時代の生き残りといわれる生物が棲む深泥池、阿蘇山の地震計記録紙も作品に登場します。

それらは、自然の壮大さと人間が自然の一部であることを私たちに語りかけます。

その意味では、今回のパンデミック後に生まれるだろう価値観は、林さんが以前から取り組んできたことと深く通じているように感じます。私たちは外出自粛のなかで、いかに人と人のコミュニケーションが重要であるのか、何気ない外界の自然に触れることで癒されているのかを切に感じ取りました。

パンデミックが終息すれば、実世界の価値、リアルな接触、場の共有の回復が図られるでしょう。

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林さんは、パンデミック後に人々の意識が変わり、作品への対峙の仕方も変わるのではないかと話していましたが、鑑賞者が作品と対話することにより、今回の出来事によって変化した自身の人生に目を向け、感受性を豊かに想像力を働かせ、自然の声に耳を澄ませ、今後の生き方、世界の在り方について思索し、そこから新たな議論が生まれることを強く望みます。

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芸術文化に触れることは、まさに思考の根底を支える感受性の回復と想像力の鍛錬に他なりません。

これまで記憶の忘却を行ってきた人間が等しく危機に接したことは、多くの尊い命が失われ、残念なことに国家間の分断も起こってはいますが、これまで当然だと思っていた社会システムを問い直し、過去に学び、新しい未来を拓く貴重な機会でもあります。

芸術を通じて主体的な思考の涵養を育む環境を整え、広く発信していくことが、キュレーターをはじめ、芸術文化に携わる人々の使命だと改めて思いました。