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制作インタヴューでは「五感」をテーマに、林さんの制作姿勢や作品コンセプトについて、キュレーターの芦田彩葵が伺います。

第1回目は「触覚」についてです。

①林さんの記憶に残る触覚、あるいは触覚を意識するようなったきっかけを教えてください。

TH: きっと沢山あるのですが、今思い出す記憶に残る触覚は猫を腕の中で看取った時の記憶と、親密な他者との触れ合いによる皮膚感覚の記憶。共通するのは体温を交換する皮膚と皮膚の感覚です。

10年ほど前、実家の猫が私の腕の中で息を引き取ったとき、暖かくて柔らかった彼女の体が硬く冷たくなっていき、さっきまでなついて甘えていた彼女の心はどこにいってしまったのかと困惑しながらも、まだ体温と彼女特有の甘い匂いの残る身体を毛並みにそって何度も撫でてお別れをしたことを今も鮮明に覚えています。手に残る生きた存在の記憶をなんとか自分の中に留めておきたいという気持ちでした。

もう一つは、親密な他者との触れ合いの記憶。それは子どもの頃の記憶もありますし、恋人や友達、今は亡き祖父母など、これまで出会ってきた大切な人たちとの触覚を通した記憶です。

特に日本では大人になると親密な間柄でない限り触れ合うことは少ないですが、やはり触れ合った時、言葉では表現できない想いや存在の所在というものが温度や皮膚感覚を通して伝わるように感じます。

晩年のころの祖父に会いにいく時は必ず握手をしたり抱きしめたりして、彼の存在を自分の身体に記憶して留めておきたいという思いで、毎回会っていたのを思い出します。

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②林さんは子供の頃から絵を描くこと、手先を動かすことをが好きで美術大学に進んだと伺いました。大学ではテキスタイルデザインを専攻されています。テキスタイルは、まさしく身体を覆うもので、触覚をダイレクトに刺激するメディアだと思いますが、テキスタイルとの出会い、あるいはテキスタイルデザインを専攻した理由があれば教えてください。

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TH: 母がスウェーデン織りをやっていて、テキスタイルが好きなので昔から布や糸、民族のテキスタイルの本などが家にありました。幼い頃住んでいたニューメキシコではアメリカン・インディアンのテキスタイルに出会うことが多くて、それも影響の一つかもしれません。

また幼い頃から肌が弱いこともあって、天然素材の衣服を着せてもらっていたのもテキスタイルに興味を持った理由かもしれません。今でも天然素材の良いものは手当たり次第触りたい欲求にかられます。

精華大学では、在学中に伝統的な染めからファイバーアートまでいろいろと経験していく中でテキスタイルの魅力に惹かれていきました。身に纏うものとしての作品を作り出したのはロンドンのセントマーティンズに行ってからですが、精華大学の卒業制作では、皮膚感覚とその記憶を、全身襞で覆われた布製の身体として表現しました。

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③《i wear u...uwear me》(2002)、《Intimacy》(2003)など初期の作品では、親密性をテーマに実際に身に纏う作品を制作されています。林さんにとって纏うとは、どのような意味をもつものでしょうか。

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TH: どちらの作品も親密な他者との触れ合いの記憶を布を通して自らの皮膚に留める、移す、またはその記憶を喚起させるというような意味を込めて制作しました。

特に私の作品はシルクオーガンジーなどの、布を通して皮膚が透けて見える、薄い絹布を使うことが多く、また下着や肌につけるアクセサリーのような親密なものが主になっており、布が纏っている記憶を皮膚に移すという意味が強いように思います。

また、ヴェールのように身体を隠すという神秘性や、布を纏って身体を動かすと様々な場所に襞が生まれるという造形的な官能性にも興味があるので、他の作品の中でも、直接布を身体に纏うことはなくても、インスタレーションの中に象徴的な意味合いを込めて絹の布を使うことが多いです。.

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④2007年に国立国際美術館で開催された「現代美術の皮膚」展では、《Mutsugoto 2007》(2007)を出品されました。あの作品は、衣服や皮膚の上に直接光が浮かび上がる作品でした。ミシェル・セールも『五感』において皮膚について記していますが、林さんにとって身体性や触覚は、これまでの作品あるいは制作コンセプトのなかで、どのような意味をもつものでしょうか。

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TH: 言葉でのコミュニケーションや頭で考えることに重きを置いている時代だからこそ、身体性や触覚は世界とのつながりや生きている実感を感じる上で大切だと考えていますし、言葉にならない想いを手触りや温度を通して他者と交感する上で重要な意味を持つと思います。

ミシェル・セールが著書『五感』で触れているように、皮膚と皮膚が重なるところに意識・魂が宿っているという考えかたに大きく影響を受け、その魂と魂のキャッチボールのような触れ合いの交感や互いの皮膚・存在の際を撫で合うことで生の実感を与え合うという行為を離れた場所にいても実現できることを目指して制作していました。

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⑤「虹の再織」展では、新作となるテキスタイル作品も制作されていますが、これまでのテキスタイル作品と通じる点、新たな点があれば教えてください。

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TH:今回は初めて京都の植物を使用した草木染めを行っていて、自然から抽出されたものやその力を布に移し、自然と人間、更にはそれらを超えた力とをつなぐ媒介物としてテキスタイルを扱っています。

布はかつては(特に産業革命以前の世界では)神や自然とつながるための媒介として存在し、刺繍や染めで様々な思いや祈りを織り込んで纏う人の身体へ移す、または神へ献げるものとして使われたいたといいます。

草木染めをしていて感じたことは、そのプロセス自体が非常に五感を刺激し、また錬金術のような神秘性を感じます。

植物を採集するところから始まり、それを煮出し、そして抽出された植物のエキスと媒染剤の金属との化学反応を経て私たちの目に様々な色となって現れてくれます。特に絹に染めた色は光によって様々な表情を見せてくれるので、瑞雲庵という光の変化を感じ取れる場所で、素材が持つ物語や空間に存在する物質同士が作用しあって立ち現れる世界を表現できればと考えています。

これまでは主に人と人との親密な関係性の中でのテキスタイル表現でしたが、今回はもちろん人と人との関係性も含む森羅万象の様々な関係性をテキスタイルを使って表現できればと考えています。

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第2回目は「嗅覚」についてお届けする予定です。