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制作インタヴュー:五感について ③味覚】

ご無沙汰しています。

約1カ月ぶりの投稿になりましたが、皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

この連休は秋晴れの気持ちのよいものでしたが、台風が接近しているとのこと、どうか安全にお過ごしください。

さて今回は、アーティスト・林智子さんへの制作インタヴュー第3回目「味覚」についてお届けいたします。

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前回は「嗅覚」、香りについて林さんにお聴きしました。

今回の制作インタヴューのテーマである「五感」について、その構成上、各感覚を分けてお話しを伺っていますが、私たち自身はこの五感それぞれの感覚を働かせ、一つの受容体として様々な刺激を感じ、それらを総合させて思考しています。

その意味でも、肌ざわりも香りもどちらにおいても、「身体及び皮膚の境を超えた魂の表面化であり、それを嗅いだり吸い込むことは相手を自分の中に取り込み作用し合う」感覚であるという林さんの考えは、大変興味深いものでした。

この感覚は、第3回目となる「味覚」にも深く通じるものではないでしょうか。本日は、「味覚」のなかでも「食べること」に焦点をあて、林さんの作品テーマに迫ります。

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①「食べる」ことは究極のエロスとタナトゥスであり、生の歓びと残酷さを同時に味わうドラマティックな体験でもあります。その意味では本能的で野生的な行為ですが、食料/食材に人の手が加わり、「料理」へと発展すると、「味わう」という新たなフェーズに入り、人間ならではの美的感性、知識と技がもたらすアートへと昇華されます。

さらに「食事」という行為は、人々が一緒に食卓を囲み共に食することで、一つの体験と感覚を共有する創造的行為であるといえますし、「食事」(共同飲食)は、限りある食料を家族、共同体と共に分け合うことを意味し、古くから儀式や儀礼においても重要な役割を果たしてきました。

このように「味覚」の受け取り方としても、野性的な行為、創造性、社会性が加わる重層性があると思いますが、林さんが考える「味覚」についてお聞かせください。

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TH: 味という感覚そのものよりは、「食べる」という行為に興味があります。元々家系的にも食いしん坊なのもありますが、これまで色々な国や場所で暮らしてきた中で一番大事だったコミュニケーション方法は食事でした。互いの国の料理を一緒に作ったり、持ち寄ったりして今まで味わったことのないスパイスや食材に出会ったり、種や農薬の問題、家畜への抗生物質の問題などを話したり、たとえ互いの言語での意思疎通が完璧でなくても、普遍的な営みとしての「食」によって文化も年齢も仕事も様々な人たちと関わってこれたように思います。

また結婚をして、義母がいつも自分で育てた野菜をわけてくれるのですが、身近な人が心をかけて育てたものを調理して一緒に食することに根源的な喜びを実感し、素直に美味しいと感じます。そういう意味でも社会性やつながりの行為という部分は大きいですね。

生の歓びと残酷さという意味では、本当に美味しいものを食べたときは感覚が開いていって恍惚とした状態になります。その感覚が誘発されるときというのは素材自体にまだ生命力が残っていて、また調理する方がそれを最大限の知識や技や創造性をもって引き出しているときではないでしょうか。それはやはり生と死への祝福であり、自然への畏敬の念を感じます。

最近漁師さんのお話を聞くことがありましたが、魚も獣もいつどのように素材を(ストレスなく)締めるかでまったく味が違うとおっしゃっていて、まさに生きているものの命をどういただいてどのように自分の中に取り込むのかという話しなのだと思います。

また食べることは味だけではなく口や食道の中を通っていく食感の影響は体験としてとても大きい部分だと思いますので、歯触りや口どけなどの加減で口を愉しませることも創造的な要素として興味深いです。また、文化が違うと、ある文化圏では喜ばれる食感でもそれを不快に感じる文化圏もあったりして、海外の人々と会食をするといつも興味深くその違いを観察しています。

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②《tearmirror》(2011-2019)《tamayura》(2007-2011)では、親密な者同士が、共に同じものを食することで、感覚と記憶を共有し、それらを身体に内在化させる「受肉」的要素を作品化してきたように感じます。2つの作品についてお聞かせください。

また《scentSense》(2005)は、香りを用いて親密性を体感する作品でした。香りも味もどちらも生理的に訴える部分がありますが、林さんが制作のなかで意識している香りと味のもつ意味合いの相違があれば教えてください。

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TH: 《tearmirror》は様々な人々の涙のしずくとその涙の裏にある物語を作品のモチーフとしてお預かりし、砂糖菓子として結晶化した作品です。言葉では表しきれない複雑な感情を親密な他者と一緒に味わい、自らの身体に内在化させる行為を通して、新たな記憶として共有されることを目指して制作しました。

《tamayura》は、ある恋人たちに互いの身体のパーツを石膏で型を取り合ってもらい、 その型をもとにして木型職人の方に木型を作成していただき制作した淡い二色の落雁の作品です。 二人の身体をかたどった落雁は和三盆と葛の絶妙な配合により少しずつゆっくりと口の中で溶け合い混ざり合って消えていきます。

どちらも共通点は食べてなくなりその人の中に取り込まれていく所ですが、《teamirror》は人間の感情の持つ複雑さと多様性、そして共有することの難しさを表現し、東日本大震災の後生まれた震災体験者と非体験者との間でどうしても生まれてしまう温度差や、その当時勤めていた科学技術研究の現場での「心」の扱われ方への違和感から触発されて制作した作品です。Tamayuraは芦田さんがおっしゃるように、受肉や親密な他者との一体感への渇望を表現した作品です。

香りと味については、今回インタビューの切り口として感覚を五つにわけてはいますが、それぞれの感覚は関係しあい補いあっているものなので、実際には切り分けれるものではないとは思っています。

ただ、意味合いの違いとしては、香りは気体で漂っているものですが、食べ物は食べたらなくなりはするものの物質として身体に取り込まれて作用し変化していくものなので違いはあるように思います。

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③「虹の再織」展では、関連プログラムとして味覚を刺激するものを2つ開催予定です。

2つのプログラムは、「食べる」行為を伴うものですが、味覚だけではなく、それこそ、五感をフルに使う参加型体験作品になると思っています。

1つ目は、Farmoonを主宰するアーティスト・料理家の船越雅代さんによる林さんの展示からインスピレーションを受けたフード・インスタレーションとしての食事会です。

また、林さんは11月にFarmoonで作品を展示する予定です。

どのようなものにしたいと考えていますか?

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TH: 船越雅代さんのお料理を食べると、いつも感覚が開いて時空さえも越えていくような気持ちになります。Farmoonは我が家から歩いて行ける距離にありますが、帰る頃には遠くの旅から帰るときのような心の状態になっています。

雅代さんご自身の世界中での記憶や経験、そして料理につかう土地土地の素材とが互いに関わり響きあってあの素晴らしい料理が生まれているように思います。またいつ行ってもFarmoonの空間やそこに集う人、そして選んでいるお皿が持っている作り手の記憶や物語などの全てが相互に有機的に作用し蠢いているのを感じます。だからいつ行っても新鮮なのです。自分のDNAレベルでの記憶のどこかとリンクするようでいて全く新しい、不思議で何日も余韻が残る体験です。

11月の展示では、そのFarmoon自体を常に変化するダイナミックな有機体として捉えて、アーティスト・イン・レジデンスのようにFarmoonで時間を過ごし、そのことによって生まれる人との出会いや、会話、そして食材から抽出した色などの様々な要素を紡ぎ結晶化していきたいと考えています。まだ今後も変化するとは思いますが、今は音とテキスタイルの作品をイメージしています。

瑞雲庵でのイベントでは、アーティストとしての雅代さんと一緒に、 色々な世界・分野を横断したコスモロジカルな体験にできればと考えています。

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④2つ目の関連プロラグムが、林さんとの交流が長い「御菓子丸」を主宰する和菓子作家の杉山早陽子さんとのお茶会です。船越さんとのコラボレーションとはまた異なる趣になると思いますが、杉山さんとはどのようなお話しをし、どのようなものにしたいと考えていますか?

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TH: 杉山早陽子ちゃんは出会ったときから互いの作品の話から死生観など本当に様々なことを話してきた仲で、共通点としては消えてなくなるものに惹かれている点です。

彼女の生み出すものは、お菓子という小さな宇宙にぎゅっと凝縮されて詰まっている彼女の哲学的思考や世界観が入っているように感じています。

彼女の作品には視覚的に魅力的なものも多くありますが、それ以上に私が最初に食べた彼女のお菓子は丸くて薄い円柱形の非常にシンプルな琥珀菓子でした。食べたときの本当に繊細な歯触りと味が印象的で、私自身が持っている刻々と変化していく捉えがたく儚いものを結晶化したいという希求に近いと感じたのを思い出します。

今後も一緒に思惟と実験とを繰り返していくと思いますが、現在は仏教の話をしたり、ある花の香りや成分の抽出方について話たり、形の持つ呪術的な意味について話したりしています。二人で対話を重ねながらテーマを絞り、お菓子を目で愉しむところから体内に溶け込んでいくまでの体験、展示作品と器や設えの関係性などを通して一つの世界を作り上げたいと思ってます。

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第4回目は「聴覚」についてお届けする予定です。