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【制作インタヴュー:五感について ④聴覚】

11月も後半に入り、木々が色づき、すっかり秋も深まってきました。

その一方で、新型コロナウイルスの感染拡大のペースが加速しています。

どうか対策を徹底して安全にお過ごしください。

今回は、アーティスト・林智子さんへの制作インタヴュー第4回目「聴覚」についてお届けいたします。

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林さんが、今週からFarmoonで始まる個展準備で多忙だったため、前回のインタヴューから時間があいてしまいましたが、第3回では「味覚」のなかでも「食」に焦点をあててお話しを伺いました。

食べるという行為は、それこそ五感全てを刺激する根源的体験を伴うもので、その奥深さについて改めて考えさせられました。

「虹の再織」展で制作協力をいただいている塩野香料の塩野太一さんが、ほぼ全ての味を香りで再現することができると話されていたことを思い出し、香りと味の深いつながりについても、興味深く思いました。

このインタヴューも後半に入り、5つの感覚がそれぞれ作用し合う話しに広がってきていますが、今回は、ある種最も抽象的であるかもしれない「聴覚」「音」について、お話しを伺います。

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①林さんの記憶に残る「聴覚」「音」とは、どのようなものでしょうか。

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TH:一番記憶に残るのはやはり大切な人たちの声ですね。もう会えない人の声を時々ふと思い出したり、姿が見えなくても声だけで相手を感じることができるなど「声」というその人特有の音が身体を通して外に発せられ、それがまた振動として他者の耳に伝わっていき、

その声の持ち主の存在への認識や愛着にかわっていくという所に興味があります。

また音には指向性や反響があるので、空間の中で自分がどこに存在し、周りで何が起きているのかを把握することができ、自分と周りの世界との距離や関係性を知覚するためのものでもあります。そして人間が知覚できる可聴音域外の周波数で他の生物たちがコミュニケーションをとっているという所も大変興味深いです。たとえ耳では聞こえていなくても我々の身体が意識下で感じている「音」にも興味があります。.

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②熊本市現代美術館での「Stance or Distance?」展で初展示となった《Distance - aether》(2016)では、鉱石ラジオからの微かな音と振動を感じながら世界とのつながりに想いを馳せ

るという作品でした。「聴く」ことや「音」に焦点をあてた作品はこれが初めてでしょうか?

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TH:音楽を聴くことも好きですし、学生時代クラリネットを吹いていた時期もあったので「音」を作品で扱いたいとは思っていましたが、実際に作品化したのはこの作品が初めてだと思います。

《Distance - aether》は今は亡き祖父が1930年代に阿蘇にある京都大学火山研究所に勤めていた際、「山奥の人里離れた研究所での孤独な暮らしの中で、外の世界とのつながりを求めて見よう見まねで鉱石ラジオを自作し、そのかすかな音に耳をすませた。」という記述が彼の書いた本に残ってたことをきっかけに、その体験を追体験したいと考え制作した作品でした。

実際に作ってみるとなかなか難しく、たくさんの実験を行った結果やっと本当にかすかな音が耳に飛び込んできたときは言葉にならない感動を覚えました。鉱石の上を針で検波する行為や、その過程で起きるノイズ、そしてある場所でパーンと音が入ってどこかへと繋がる感覚は今の時代には失われつつある不確かさの中にある根源的なつながりを感じさせてくれます。

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③昨年香港で展示されたTear Mirror の最新プロジェクトでは、参加者の声が作品に使われましたが、これはどのような経緯があったのでしょうか。

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TH:Tear Mirrorはこれまでは様々な人々の涙の物語を集めたテキストとその涙を結晶化した砂糖菓子を用いたインスタレーション作品として発表してきた作品なのですが、去年香港で参加したMicrowave International New Media Festival では、「声」という我々人間の身体が発する「音」を通して人の心の動きや、顔は見えないけれどそれぞれの人の声のトーンや言語の違いによる音感、音調を通して、テキストだけでは伝わらない感情の幅が表現できるのではないかと感じた為この方法で発表しました。

それらをプログラミングによって別々のスピーカーから流れる声と砂糖菓子を照らす照明によって時間軸を持ってストーリーテリングしていくという内容でした。

その際物語を提供してくださった方々には英語、日本語、広東語とそれぞれの母国語で涙の物語について話をしてもらったのですが、たとえ鑑賞者が言葉の意味を全て理解できなくても、声でその人の感情や存在を感じることができる体験になったのではないかと思います。そして集まった物語は世代も性別も多様な方々によるものでしたが、どの物語も「誰かのため」や「自分と誰かとの関係性の中で流した涙」のお話であったことで、特に現在の香港の緊迫した状況下で普遍的なテーマにつながったことは感慨深かったです。

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④「虹の再織」展では、サウンドアーティストである武田真彦さんと江島和臣 (kafuka)さんに協力をいただきながら、音を取り入れた作品を展示予定です。今いくつかのプランを検討していますが、おじい様の日記を扱ったインスタレーションでは「おりん」の音色を取り入れたり、阿蘇山の地震計測の記録紙を音に変換してみたり。林さんの作品にとって音とはどのような意味をもつものでしょうか。

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TH:古来から日本で「音」は神の音連れ(おとずれ)やお告げと言われていたように、目に見えない世界との繋がりを空気の振動を通して感じるということにつながるかもしれません。

音は存在の気配や余韻を感じさせ、我々の想像力を喚起させますし、普段目に見えない地球の動きや音と音との干渉などを身体を通して感じてもらうことで、我々がこの世界の様々なつながりや関係性の中で存在していることを実感してもらいたいと思い制作をしています。

人間が知覚・認識できているのはこの世界のほんの一部の現象や事象であり、他の動物が地震が起きる前などに危険を察知して様々な行動を起こしているように、わたしたちも意識下では何かを感じ取っているかもしれません。しかし、日常社会を生きる上では邪魔にもなりうるこの感覚を遮断して生きているように思いますし、音の作品を通してその感覚が呼び覚まされることが出来れば嬉しいです。

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⑤前回のインタヴューで、11月の船越雅代さんのスペースFarmoonでのレジデンスにおいて、音とテキスタイルについての展示を考えているとのことですが、ここでの音はどのような表現を考えていらっしゃいますか?

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TH:10月初めから武田真彦さんと江島和臣 (kafuka)さんと協働し、テキスタイル作品の制作と並行してフィールドレコーディングやライブパフォーマンスなど音の作品の公開制作を行ってきました。武田さんも江島さんも以前より制作のアイデアを交換させてもらったり、それぞれが持つ得意分野を共有しながら技術的な部分で協力していただいたりと音の作品を制作する上でとても大切な仲間としてご協力をいただいています。

11月22日からFarmoonで始まる展覧会では、Farmoon自体を常に変化するダイナミックな有機体として捉え、Farmoonという様々な人々が集い時間を過ごす場所で日々生まれる音や訪れた人の声、その訪れた人が鉱石ラジオを通して聴いた音から想起した情景や場所についての語りなど、様々な「音」が展覧会期間中も日々蓄積され、訪れた人がまた鉱石ラジオを通してその音を聴くことにより、目には見えないそれぞれの持つ「どこか」や「誰か」へと繋がる感覚を喚起できる作品になればと思います。

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本シリーズ最終回となる第5回目は、「視覚」についてお届けいたします。